ブックタイトル鹿児島県産婦人科医会会報Vol1

ページ
14/142

このページは 鹿児島県産婦人科医会会報Vol1 の電子ブックに掲載されている14ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

鹿児島県産婦人科医会会報Vol1

- 10 -日母発足の頃の出来事支部長  柿木成也 創立50周年と云えば、50年前の事が頭をよぎる年令になっています。得てして、50年前の事から書き出して現在迄を書くとすれば歴史物語りになってしまいます。そこで、その年代年代の方々に最も印象に残る記事を書いて貰って初めて50年史の時代の変化が力強く残るのでありましょう。 昭和20年の終戦を境に、昭和23年の爆発的人口増加は戦後の息吹を感じせしめたものの、食糧難、住宅難という社会的要因は遂に人間性の営みにも一つの障壁と相成りました。そこには、医学的には求められたものに、人工中絶という当時の医師にとっては余り知られていなかった「堕胎」という、当時は不法行為の手術でありました。昭和23年、優性保護法施行迄のこの3年間ばかりが、当時の産婦人科医にとって、性善性悪の判定の岐路に立たされた方が幾方か居られたと聞いております。この堕胎とは、多くは不倫行為に基る私生児発生の予防でありましたが、社会的に私生児という日蔭の生活を送らされていた往事を考えると、今の不倫行為は、昔を知る人はあっと驚くことばかりでありましょう。この堕胎という刑法上の罪を防ぐために優生保護法という法律が生まれたことと合わせて、我が鹿児島に特質されるべきは、人口抑制策に取り組んでいた当時の厚生省が、避妊地区のモデル地区として垂水市が選ばれ、家庭を廻って避妊指導の為に助産婦が派遣されて、コンドームやペッサリーの無料配布が行われました。 かくの如く人口増加抑制が何よりの食糧不足の国家的事業とされた往事の事は、もう知っている人が少なくなりました。今、医師の取り扱う人命が問題とされていますが、昔は医師の人格が最高に取り扱われていた時代で、最近の医師自身の人格が問われるなど当時の医師の立場と現状を考えれば、お互い医師自身のモラルを考える事を強調したい所であります。先にも述べましたが、昭和23年、この日母発足時は、産婦人科医の中に堕胎罪という言葉が今の医療事故の如くニュースペーパーを賑々しくしたものでした。 以来50年の時日の中に幾多の先輩同僚が、それぞれの時期に幾多の業績を残して下さっていますが、その史実の中に人間の生命というこの世に一つしかない命題に取り組んでいる我々医師、特に産婦人科医が営々と築いて来たこの道一筋を如何に末長く続けて行くために何を残さねばならぬかという願いだけは未来永劫に消えることなく残っていくでしょう。 今50年史の編集にあたり、医療事故という形で医師のモラルが問われている2000年代に生きている医師として重く受けとめたいと思っています。然し乍ら、人間には良心という哲学だけは忘れてはならない事を申し述べて筆を終わります。  平成10・4・1~12・3・31支部長  柿木 成也副支部長 昇 眞寿夫常任理事 牧  美輝     中村 雅弘     波多江 正紀理 事  永田 行博     浮辺 正和     徳永 博美     松本 清志     原口 裕之     河崎 良徳     内村 道隆監 事  松元 重達     上片平 栄昭  平成10・4・1~12・3・31支部長  柿木 成也副支部長 昇 眞寿夫常任理事 牧  美輝     中村 雅弘     波多江 正紀理 事  永田 行博     浮辺 正和     徳永 博美     原口 裕之     河崎 良徳     内村 道隆監 事  松元 重達     上片平 栄昭第10代支部長第10代支部長 柿木成也「五十周年記念誌」に掲載された柿木成也先生の原稿