ブックタイトル鹿児島県産婦人科医会会報Vol1
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鹿児島県産婦人科医会会報Vol1
- 9 -追 悼 の 辞出来上がった。 又、戦前の「お産」はほとんど自宅分娩であったが、戦後になり、自宅分娩から産科施設分娩に変わってゆくにつれ、県内の助産師が少なくなった。それをカバーする為に日母が准看護婦でも取得できる産科看護学院が作られたが、運営がうまくゆかず平成11年閉校されてしまい、再び全県下助産師不足に加え看護師不足となってしまった。それを解決する為、南学園看護学校に助産師コースを作るべく、県産婦人科医会は柿木先生を中心に県や厚労省に働きかけ、更に県選出の尾辻議員や森山議員に協力を依頼し、平成13年4月に開校にこぎつけ、現在170名余りの助産師が活躍している。 平成28 年は、このように鹿児島県日母の大きな仕事をされた柿木先生、 中村先生が相次いで亡くなられ、改めて先生方の存在の大きさを感じ、さびしさを感じている。