ブックタイトル鹿児島県産婦人科医会会報Vol1
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鹿児島県産婦人科医会会報Vol1
- 8 -柿木成也先生を偲んで鹿児島県産婦人科医会 監事・医療法人光智会 産婦人科のぼり病院 昇 眞寿夫 今、私の手元に一冊の記念誌がある。これは柿木先生が支部長の時、鹿児島日母の50周年記念誌として作ったものだった。その記念誌のページをめくりながら、柿木先生との想い出が走馬燈のように浮かんでくる。 先生は昭和56 年から鹿児島県医師会理事に選任と同時に県産婦人科医会理事になり、以後、平成22 年3月まで活躍された。私は2年遅れて県産婦人科医会の理事となり一緒に仕事をする中で、先生が日母の役員会で様々な事を提案され、それを実現されるのを見てきた。その1例である県産婦人科医会の運営費(会費)は、柿木先生の提案された母子手帳の妊婦健診票の活用によるところが大きく、今でも会費値上げの心配がないのはすごいアイディアだと思う。又、鹿児島市産婦人科医会の創設を提唱し、昭和54年鍋倉先生が会長に就任、柿木先生が幹事になられた。 その後、平成4年中村支部長時代、第15回日母性教育セミナーの実行委員長として準備され、全国から800人を超える参加者があり、鹿児島の面目躍如たるものがあった。 平成10年、第10代の支部長に就任、私も副支部長として行動を共にしてきた。その中で一番大きな仕事は、平成21年第36回日本産婦人科医会学術集会を「おぎゃー献金発祥の地から」と云うタイトルで開催、私も実行委員長としてその準備に携わった。特に前夜祭はオープニングに鹿児島大学の米澤教授のテノールの歌声に会場はうっとり、そして乾杯の歌声で会場は一気に盛り上がった。料理には鹿児島特産の黒ブタ等の食材を使った料理が並び、更にドリンクコーナーには、柿木先生が集めた全国的に有名な鹿児島焼酎3M(森伊蔵、魔王、村尾)始め、県内のいろいろな銘柄の焼酎を並べてあるのには参加者はビックリ、今でも参加した方々から鹿児島大会はすごかったと言われる。 先生はこのような全国大会を開催したばかりではなく、鹿児島県の周産期医療を大幅に向上させる原動力になった鹿児島市立病院新生児センターNICUのベッド増床の為、市役所や県庁、更に鹿児島県選出の代議士に働きかけた。最終的には県医師会を通じて天文館の街頭にて白衣で署名活動を行い、また、県地域婦人団体にも働きかけ、その結果、約12万人の署名が集まり、これを市議会に提出し、20床増床が許可され、県内各地から母体搬送やベビーの搬送が可能となり、鹿児島県の新生児救命が大幅にアップすることになった。 一昨年鹿児島市立病院が移転し、新病院の新生児センターには「こうのとり号」のドクターカーだけでなく屋上にはドクターヘリが離発着し、全国トップレベルの素晴らしいセンターが追悼の辞